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- 金盞香(きんせんこうばし)

立冬(十九節気)末候 第五十七候 11月17日~11月21日頃
寒のさなかに咲く水仙はまるで白鳥が生んだよう。
朝、夕暮れにも愛でたくなるほどすばらしい水仙の花。
昭和8年6月、与謝野鉄幹・晶子御夫妻は、正宗敦夫氏らと共に、日生諸島での
舟遊びに興じ、その美しい景観に心をうたれ、心情を数首の歌に託された。
書は与謝野晶子先生の御令孫、与謝野馨(衆議院科学技術委員長)によるもので
平成二年五月吉日 日生町」
この歌にある鶴島とは、備前市の観光案内などから引用すると、
恋人たちの聖地 ~ハートでつなぐ甘いひとときを~
備前市日生港の南東約6kmにある島で、「キリシタン流刑地」として知られていま
す。鶴島の北西にある小島は、潮が引くと鶴島とつながり、干潮時にロマンチックな
砂の道が現れます。上空から見るとハート形に見えることから、テレビ番組の舞台と
しても使用され、恋人たちのパワースポットとして注目されています。
(アクセス)日生港より海上タクシーで約40分
キリシタン殉教の島
明冶政府の外来思想排斥政策は、多くのキリスト教信者を心身ともに苦しめました。
岡山城下から約50km離れた無人烏「鶴島」に送られたキリシタンたち(長崎県浦上
キリシタン教徒117名)は、自由な身になるまでの3ヶ年半をこの島で過ごしましまし
たが、すしづめ状態の長屋、土地の開墾、説教聴問などに耐えかね、 改心する者もい
たといいます。
この島は草地で開墾するには適しており、大豆、麦、さつま芋などが作られていま
したが、それらの作物を口にすることは許されていませんでした。この島で亡くなっ
た18名のキリシタンたちは、島の南東の丘斜面に葬られています。
といった具合です。
瀬戸内海は気温も温暖、風光明媚なんですが、特に近くの牛窓は日本のエーゲ海と
いわれて久しいですが、歴史の奥にはハンセン病患者の隔離施設があった「長島」も
この近くの島、「鶴島」の悲劇も含め、人のなしたる業と虐げられた者の無念さ等を
想うと、光と影を感じざるをえません。
この歌碑の近くに日生諸島の鹿久居島(かくいじま)と頭島(かしらじま)があり
ますが、数年前にフェリー乗り場近くから橋が架かり、ミカン狩りなど行くのに
便利になりました。橋ができた当時、夜、鹿が集団で橋を渡る映像がマスコミでも話
題になっていました。この歌では鹿は海をこゆると、今では橋を渡るではちょっと味
気ないですかね?